自分らしく生きる。

でも俺は、

その中で
気づいたことがあります。

言葉にすると、すごく簡単に聞こえる。

1000人を超える方の悩みに
耳を傾けてきました。

それが簡単じゃないことを知っています。

誰もが、自分らしく
生きたいと願っていること。

自分らしく生きることは、簡単じゃなかった。

誰もが、自分らしく
生きたいと願っていること。

子どもの頃から、ずっと違和感があった。

誰もが、自分らしく
生きたいと願っていること。

周りから見えている自分と、

誰もが、自分らしく
生きたいと願っていること。

自分の中にいる自分が、どこか違う。

誰もが、自分らしく
生きたいと願っていること。

でも当時は、それをうまく言葉にすることもできなかった。

誰もが、自分らしく
生きたいと願っていること。

セーラー服を着て学校へ行った。

誰もが、自分らしく
生きたいと願っていること。

20歳の成人式。

誰もが、自分らしく
生きたいと願っていること。

振袖だけは、どうしても着たくなかった。

誰もが、自分らしく
生きたいと願っていること。

それでも成人式には出席したくて、

誰もが、自分らしく
生きたいと願っていること。

家族とも話し合い、妥協して選んだのが袴だった。

誰もが、自分らしく
生きたいと願っていること。

今振り返れば、あの頃からちゃんと、

誰もが、自分らしく
生きたいと願っていること。

「自分はこうありたい」って抵抗していたんだと思う。

誰もが、自分らしく
生きたいと願っていること。

周りと同じように生きようとした。

誰もが、自分らしく
生きたいと願っていること。

「こう生きるものなんだ」と、自分に言い聞かせたこともあった。

誰もが、自分らしく
生きたいと願っていること。

それでも、違和感は消えなかった。

誰もが、自分らしく
生きたいと願っていること。

自分らしく生きることは、簡単じゃなかった。

誰もが、自分らしく
生きたいと願っていること。

だから俺は、少しずつ、

誰もが、自分らしく
生きたいと願っていること。

自分の人生を自分で選び始めた。

誰もが、自分らしく
生きたいと願っていること。

俺は今も、

俺は今も、

性同一性障害とともに生きています。

性同一性障害とともに生きています。

自分は何者なのか。

自分は何者なのか。

どう生きればいいのか。

どう生きればいいのか。

周りが思う「普通」と、

周りが思う「普通」と、

自分が生きたい人生との間で、

自分が生きたい人生との間で、

ずっと悩んできました。

ずっと悩んできました。

自分じゃない人生を、生きようとした。

自分じゃない人生を、生きようとした。

長女として生まれました。

長女として生まれました。

そんな気持ちから、

そんな気持ちから、

親に孫の顔を見せてあげたい。

親に孫の顔を見せてあげたい。

自分ではない人生を生きようとしたこともあります。

自分ではない人生を生きようとしたこともあります。

簡単な言葉で整理できることではありません。

簡単な言葉で整理できることではありません。

でも、その経験の中でひとつだけ、

でも、その経験の中でひとつだけ、

強く思ったことがあります。

強く思ったことがあります。

生きよう。

生きよう。

自分の人生を、生きよう。

自分の人生を、生きよう。

それでも、人生はさらに崩れた。

それでも、人生はさらに崩れた。

ある日突然、パニック障害を発症しました。

ある日突然、パニック障害を発症しました。

そこから、うつ病も重なりました。

そこから、うつ病も重なりました。

昨日まで普通にできていたことができなくなり、

昨日まで普通にできていたことができなくなり、

どんどん自分が自分じゃなくなっていった。

どんどん自分が自分じゃなくなっていった。

生きることそのものを

生きることそのものを

諦めようとしたことも、一度ではありません。

諦めようとしたことも、一度ではありません。

学生時代から一緒だった仲間たちも離れていきました。

学生時代から一緒だった仲間たちも離れていきました。

気づけば、ひとり。

気づけば、ひとり。

外にも出られず、

外にも出られず、

孤独の中で引きこもっていた時期もあります。

孤独の中で引きこもっていた時期もあります。

苦しさの行き場を

苦しさの行き場を

ギャンブルに向けてしまったこともありました。

ギャンブルに向けてしまったこともありました。

そして、自己破産。

そして、自己破産。

今振り返れば、

今振り返れば、

「俺の人生、なかなか色々ありすぎだろ。」

「俺の人生、なかなか色々ありすぎだろ。」

って笑える

って笑える

でも当時は、笑えなかった。

でも当時は、笑えなかった。

明日が来ることすら、

明日が来ることすら、

怖かった時期もありました。

怖かった時期もありました。

それでも、生きてきた。

それでも、生きてきた。

俺は、立派な人間じゃありません。

俺は、立派な人間じゃありません。

逃げたこともある。

逃げたこともある。

間違えたこともある。

間違えたこともある。

人を傷つけたことだってある。

人を傷つけたことだってある。

人生を投げ出そうとしたこともある。

人生を投げ出そうとしたこともある。

だから、

だから、

「自分らしく生きればいい」

「自分らしく生きればいい」

なんて簡単には言えません。

なんて簡単には言えません。

綺麗な言葉だけでは

綺麗な言葉だけでは

越えられない夜があることを知っているから。

越えられない夜があることを知っているから。

それでも——

それでも——

今日まで生きてきました。

今日まで生きてきました。

そして、発信を始めた。

そして、発信を始めた。

自分の経験を誰かに話すようになりました。

自分の経験を誰かに話すようになりました。

SNSで、自分自身のことを発信し続けました。

SNSで、自分自身のことを発信し続けました。

気づけば12年以上。

気づけば12年以上。

これまでに1000人を超える方の悩みに

これまでに1000人を超える方の悩みに

耳を傾けてきました。

耳を傾けてきました。

LGBTQのこと。

LGBTQのこと。

家族のこと。

家族のこと。

仕事のこと。

仕事のこと。

恋愛のこと。

恋愛のこと。

そして、自分自身のこと。

そして、自分自身のこと。

1000人いれば、

1000人いれば、

1000通りの人生がありました。

1000通りの人生がありました。

でも、話を聞き続ける中で

でも、話を聞き続ける中で

ひとつだけ共通していることに気づきました。

ひとつだけ共通していることに気づきました。

みんな、自分らしく生きたい。

みんな、自分らしく生きたい。

そして、

そして、

その一歩を踏み出す勇気を探している。

その一歩を踏み出す勇気を探している。

2018.04.13

2018.04.13

その想いを、

その想いを、

言葉だけじゃなく形にしたいと思いました。

言葉だけじゃなく形にしたいと思いました。

2018年4月13日。

2018年4月13日。

あえて選んだ、13日の金曜日。

あえて選んだ、13日の金曜日。

Street Labを立ち上げました。Street Labを立ち上げました。

Street Labを立ち上げました。Street Labを立ち上げました。

最初の商品を世に送り出したとき、

最初の商品を世に送り出したとき、

191名の方が想いに共感してくれました。

191名の方が想いに共感してくれました。

そして2週間で、

そして2週間で、

100万円を超える注文をいただきました。

100万円を超える注文をいただきました。

もちろん嬉しかった。

もちろん嬉しかった。

でも、数字以上に嬉しかったのは、

でも、数字以上に嬉しかったのは、

「同じ想いを持っている人が、こんなにいるんだ。」

「同じ想いを持っている人が、こんなにいるんだ。」

と知れたことでした。

と知れたことでした。

Street Labは、

Street Labは、

俺ひとりの想いじゃなくなりました。

俺ひとりの想いじゃなくなりました。

でも、そこからずっと順調だったわけじゃない。

でも、そこからずっと順調だったわけじゃない。

Street Labを立ち上げた。

Street Labを立ち上げた。

たくさんの人が応援してくれた。

たくさんの人が応援してくれた。

だったら、そのまま成功——

だったら、そのまま成功——

……とはならなかった。笑

……とはならなかった。笑

生活があって、仕事があって。

生活があって、仕事があって。

思うように動けない時期もありました。

思うように動けない時期もありました。

Street Labから離れていた時期もあります。

Street Labから離れていた時期もあります。

夢だけでは生きていけない。

夢だけでは生きていけない。

そんな現実も知りました。

そんな現実も知りました。

それでも、

それでも、

Street Labを捨てることだけはできませんでした。

Street Labを捨てることだけはできませんでした。

心のどこかに、ずっと残っていた。

心のどこかに、ずっと残っていた。

そして今、48歳。

そして今、48歳。

もうすぐ49歳になります。

もうすぐ49歳になります。

成功したから、

成功したから、

このSTORYを書いているわけじゃありません。

このSTORYを書いているわけじゃありません。

むしろ、まだ途中です。

むしろ、まだ途中です。

Street Labだけで生活できているわけでもない。

Street Labだけで生活できているわけでもない。

売れない日だってある。

売れない日だってある。

作ったものが届かないこともある。

作ったものが届かないこともある。

何が正解なのか分からなくなって、

何が正解なのか分からなくなって、

何度も試行錯誤しています。

何度も試行錯誤しています。

失敗もする。

失敗もする。

寄り道もする。

寄り道もする。

PVを作っていたはずなのに、

PVを作っていたはずなのに、

気づいたら新商品を作っていることもあります。笑

気づいたら新商品を作っていることもあります。笑

それでも今、

それでも今、

もう一度、本気でStreet Labを育てています。

もう一度、本気でStreet Labを育てています。

50歳が、ターニングポイントらしい。

50歳が、ターニングポイントらしい。

昔から何度も、

昔から何度も、

「大器晩成だね」

「大器晩成だね」

と言われてきました。

と言われてきました。

そしてなぜか、

そしてなぜか、

「50歳がターニングポイント」

「50歳がターニングポイント」

とも言われ続けてきました。

とも言われ続けてきました。

占いとか

占いとか

普段はそんなに信じません。

普段はそんなに信じません。

でも今回だけは、

でも今回だけは、

信じてみようと思っています。

信じてみようと思っています。

でも

でも

50歳になったら何かが起きるのを

50歳になったら何かが起きるのを

待つつもりはありません。

待つつもりはありません。

50歳までに、自分で変える。

50歳までに、自分で変える。

そして50歳になったとき、

そして50歳になったとき、

「ほら、大器晩成だっただろ。」

「ほら、大器晩成だっただろ。」

って笑ってやろうと思っています。

って笑ってやろうと思っています。

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